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崖っ淵に鶏と本棚

おたくが崖っ淵でウロウロしているブログ

ランドセルとスタートレックのワンダーランド

 

 

 たまに友人同士でうちの学校はランドセルだったとかバックパックだったとかで盛り上がるときがある。

 

 うちの小学校は味気ないバックパックで、でかくて何でも入るので機能性としては抜群であり、というわけで一度もエナメルのぴかぴかのランドセルを背負って投稿したことはなく、転校生が背負ってるピンク色のランドセルに畏怖と羨ましさを抱いた思い出がある。

 わたしくらいの世代はまだカラフルなランドセルは一般的ではなくて、ただ全校にひとりだけ、水色のランドセルを持っている女の子がいて、そのことを今でも強烈に覚えている。全体下校でグラウンドに集まる黒いバックパックたちと、ひとり水色のランドセル。

 

 地名ごとに分けられた帰宅班の中でも我が家の区画は学校いち遠く、ばかでかいバックパックを背負ってとぼとぼ帰るうち、さてこの時間をどうしようとわたしはいつも悩んでいた。田んぼに降りて藁束を蹴飛ばしたりツツジを千切って遊んだりするのにも飽きた小学3年生くらいのころ、スマートフォンなんてもちろん無かったので、その代わりにわたしは本を手にとって、つまり二宮金次郎スタイルで下校しはじめた。

 

 思ってみればそれがオタク人生の始まりだったのだと思う。読んでいたのは児童書、伝記、もう思い出せないようなものばかりだけど、とにかくわたしは活字を読んでいるのが好きだった。ストーリーというものが好きで、それから自分で物語を空想してみるのも。

 イマジナリーフレンドという言葉があるけども、わたしの場合はイマジナリーボスで、つまりわたしは宇宙のどこかからやってきて小学生のふりをしている生き物で、たまに母船にいるボスに連絡を取って、やあ最近どうしてる?みたいな会話をするのだ。

 イマジナリーボスはスタートレックみたいな赤い服を着ていて、アメコミのスーパーマンみたいなマッチョの外国人風、やあ最近どうしてる?連絡をあまりよこさないじゃないか。うまくやってますよ、ご心配なく。だれにもわたしの正体はバレてないし、小学生どもの観察をするには絶好の立場なんです。

 設定の上では何故か小学校に潜入してその生態を「少し冷めた目で」観察する宇宙人ということになっているのだ。

 

 何故その空想がはじまったのか覚えてはいないけど、振り返ってみれば当時の日常が仮初めのもので、距離をとって見渡せているのだという状況が必要だったのかもしれない。

 先生とかクラスメイトとか縄跳び大会とか連絡プリントとか、学校の机に押し込んで帰り道だけは、なにか別の世界のようなものに没頭したかったのかもしれない。

 

 そうしてわたしは「物語」というものに魅せられていったんだと思う。「物語」は広大だ。そこに全てがある。日常と地続きでいて遠く離れた世界で、どこまでも自由になれるけどそこにしか行けない。

 

 それがわたしのオタク人生のはじまりだ。オタクってみんなきっとそうだと思う。そうなんじゃないだろうか。

 帽子を被ったうさぎが目の前を横切って穴に走りこむ。火星の裏に止まった宇宙船からボスが呼んでいる。違う世界からのお誘いをわれわれは全力で受けて、物語に全力でダイブしたい。

 

 物語の中だけ、われわれは息ができる。